前回書いたコルカタのマザーハウスでボランティアをしてるんやけど、
毎朝、ボランティアを始める前に朝食としてパンとミルクが貰えて、余ったパンをストリートチルドレンに配っています。
それで、僕はこのクレジットカード事件のせいで、
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インドで1週間5千円生活(移動費、宿泊費を含む)をしないといけないんで、
お金が無さすぎてまともにご飯が食べれないんで、
マザーハウスの朝食で余ったパンをストリートチルドレン並に貰ってます。
そのマザーハウスのボランティアは午前中だけやから(希望すれば午後もボランティアできる)、
僕はいつも午後からサダルストリートをぶらぶらしてたんやけど、そのときにホームレスの家族と仲良くなりました。
家族構成は全くわからんけど、
お母さん2人、おばあちゃん、子供2人みたいな家族で、
この子はまだ3歳やけど、「日本の公衆トイレよりも汚い」って言われるインドの路上で生活してます。
僕はマザーハウスでもらったパンを子供たちにあげたり、20ルピー(35円)のからあげを買ってみんなで食べながら、
インドの田舎の写真を見せてもらったりして、いっしょに路上に座って話をしました。
そのときは、お金を持ってなくてもホームレスの家族と仲良くなれたから、マザーテレサが言うような
「貧しい人はお金や食べ物より愛に飢えているので、愛情を与えましょう」
っていうのができてるかなと思ったんやけど、
その家族と遊ぶようになって3日目くらいに
「米を買ってくれ」って言われました。
400ルピー(700円)で何日分かの米が買えるらしくて、それが家族には必要やって言われたんやけど、
僕はお金が無かったんで買いませんでした。
マザーハウスにいた日本人の女子大生が、
「ボランティアをしていると施設の人が喜んでくれて、私なんかでも誰かの役に立ててうれしいです。
お金や食べ物より愛が必要っていうマザーテレサの言葉がよくわかります」
とか言ってて、僕もそう思ったときがあったけど、
今回の経験を通じて、お金があったら簡単に貧しい人を喜ばせられるんちゃうかなと思いました。
乱暴な言い方をすれば、心あるボランティアより心無い金持ちの方が、簡単に貧しい人を喜ばせられる気がします。
コルカタで出会ったホームレスの家族には愛情的なものを感じてもらわれへんかったけど、どんな人でもお金とか食べ物以外の物を求めてると思うから、いつかそーいうのを与えられるようになりたいと思います。
っていうのを、マザーハウスで実際にボランティアをしたり、インドで貧しい生活をしてる人に会ったりして感じました。
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